【不文律(ふぶんりつ)】業界の常識は、世間の非常識なのか!《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.23 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

【不文律(ふぶんりつ)】業界の常識は、世間の非常識なのか!《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.23

【連載マンガvsコラム】期待しないでいいですか?Vol.23

◼︎妹・吉田潮は【不文律】をどうコラムに書いたのか⁉️

不文律 

 その昔、出版界では仕事を発注するときにギャランティの明示がなかった。名の知れた大きな出版社は特にそうだった。仕事を終えて、本や雑誌が発売されて、振り込まれて初めて金額がわかるという状況がわりと当たり前だった。

「あの会社のあの雑誌ならこれくらいかな」と踏んで請け負うものの、開けてみたらびっくり仰天の安さだったり、逆に「こんなもらえるのか!」と驚いたり。請け負う前にギャラの確認をする人も少なかった。なぜなら、お金にうるさい人と思われて、それが次の仕事に支障をきたすと困るから、である。まさに不文律だった。

 私が雑誌の編集兼ライターで、下請けだが発注もする側の人間だった頃、この不文律でイヤな思いをさせてしまった人がいた。

 とある企画のビジュアルを、イラストではなく立体のぬいぐるみで撮影したいと考えた。付き合いの長いイラストレーターのMさんにお願いをして、かわいいぬいぐるみを2体、さらにはいくつか小物を数点、制作してもらったのだ。

 長年仕事をしてきた大手出版社の有名女性誌だっただけに、平面イラストと立体オブジェの金額帯は「なんとなくこれくらいだろう」と頭ではわかっていた。おそらくMさんも同様で、私たちはいちいち編集部に確認するまでもないと思った。

 ちなみに、カラーイラストは大きなもので1点1万円前後。ページ全体の1枚絵ならもっと色が付く。さらに、縫ったり彫ったり編んだり組み立てたり、という工程のある立体については、1点最低でも2万円は支払われる時代だった。私は「この仕事は少なくとも8万円にはなる」と思い込んでいた。Mさんがフェルトを使って丁寧に縫い上げたぬいぐるみは、とてもかわいいのにちょっとパンクでおしゃれ、完成度の高い作品だった。おかげでそのページはセンス良く仕上がった。

 月刊誌の場合、ギャラが支払われるのは発売してから1~2か月後だ。ところが、である。その半年後くらいに、たまたまMさんと会った時にその案件の話を聞いて、たまげた。「あの仕事、実は総額2万円でした…涙」という。あまりの少なさに私は驚いた。しかも材料費込み、である。担当編集者に抗議すると鼻息を荒げたのだが、Mさんは「いや、もう、いいんです…そういうの面倒臭いと思われるので絶対にやめてください…」と言う。

 それでも納得がいかなくて、周囲の人間にこの話を相談したところ、担当編集者はいわゆる「しまり屋」で悪名高き人だった。自分が担当するページの予算をとにかく削って、低予算で業績を上げて出世を目論むタイプの人だという。しまった、しくった、と思った。担当編集者ではなく編集長に直談判に行って、追加のギャラ振り込みをお願いした。Mさんは望んでいないのだから、私は余計なことをしたかもしれない。満足のいく金額ではなかったが、確か追加で振り込まれたはず。でも、ちょっとギクシャクしてしまって、それ以降なんとなく疎遠になってしまった。

 あのとき私が編集者にギャラの確認をして、金額の確約をしておけばよかった。本当に申し訳ないことをしたと思っている。それが十数年前の平成の話。

 令和の今はどうだろうか。相変わらずの不文律でどこかで泣いている人がいるのかもしれないし、逆に格安&激安のギャラを明示されても飲み込むしかなくて、泣きながら仕事をしている人がいるかもしれない。

 私は発注する立場ではなくなり、完全な「ひとり下請け業者」となったため、
何はともあれギャラを最初に確認するようにしている。ギャラと締め切りと内容が明示されていない超絶ふんわりとした依頼は、ここ数年激減した。いい編集者やライターに恵まれている証だ。たぶん私が「守銭奴」アピールをしたからでもある。

「あの人は金にうるさい」と思われることも、実はブランディングにつながる。

 再び、平成に時を戻そう。ある有名なイラストレーターに仕事を依頼したときのこと。その方は依頼時に断言した。

「カラーでもモノクロでも、サイズも関係なく、1点1万円と決めております」
もちろん予算オーバーではあるが、どうしてもその人のコミカルで毒っけのある絵が欲しかったし、他には考えられなかった。私は編集長に相談して、企画の中で7点までOKと確約をもらい、無事その方にイラストを描いてもらったことがある。

 不文律が横行していた時代に、強気な金額設定を断言したあの方は潔かったし、自分も情熱をもって依頼して、描いてもらったことを誇りに思った。フリーランスになって、そのことを度々思い出す。あの断言は気持ちがいいものであり、発注する側の矜持にもつながった。

「お金の話をするのは、はしたない」。それが美学だった時代もあるけれど、決してはしたなくなんかないのだ。守銭奴上等。安いからやらない、高いからとびつく、ではなくて、その仕事をやる意義があるかどうか。仕事をふってくれる人に恩義や情熱があるかどうか。今の時代、直接会ったことがなくてもずっと仕事が継続していく人もいる。1本の電話や1通のメールでちゃんと伝わるものもある。

 さあ、もっとお金の話をしよう。フリーランスは自分の仕事の価格表を作って、提示するのもいい。実際、私の友人デザイナーは明確な価格表を作っている。特に、直しや追加調整を際限なく延々と要求されそうな案件(多いんだよ、こういう案件が)に関しては、事細かな金額設定をつけている。さすがである。はしたなくなんかないし、強気でも傲慢でもない。これが当たり前にならないと、いつまでたってもフリーランスは泣き寝入りだ。みんなで不文律の撲滅をめざそう。

 (連載コラム&漫画「期待しないでいいですか?」次回は来月中頃です)

KEYWORDS:

毎月14、15日頃連載コラムvsマンガ「期待しないでいいですか?」

オススメ記事

吉田 潮

よしだ うしお

コラムニスト

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。ライター兼絵描き。



法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない イケメン図鑑』(河出書房新社)ほか多数。本書でも登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。



公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/



公式ツイッター吉田潮 (@yoshidaushio) | Твиттер - Twitter



 



 


この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

親の介護をしないとダメですか?
親の介護をしないとダメですか?
  • 吉田 潮
  • 2019.09.11
産まないことは「逃げ」ですか?
産まないことは「逃げ」ですか?
  • 吉田 潮
  • 2017.08.26